法学座敷牢 別名 ろおやぁ

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目次

ジュゴンに原告適格!?2005/04/10
強盗強姦致死未遂罪の処理@山口説2005/03/04
「わいせつ」性の「意味の認識」2005/02/19
刑法にハマる2005/02/17
学校こわい2005/02/15
国会中心立法の原則と国会単独立法の原則2005/02/14

ジュゴンに原告適格!? 2005/04/10

 沖縄の海に住むジュゴンを守ろう、ということで、アメリカで提訴された裁判で、ジュゴンにも原告適格が認められたそうです。ほほー、さすが進歩的な国、アメリカの裁判官、オツなことをなさる……じゃないでしょ?

 原告適格が認められるか否かの争点は「ジュゴンが米国法が保護する『文化財』に当たるか」という点だったそうで。そうなんだ、文化財なら原告適格があるんだ……ちょっとマテ。

 『文化財』に当たる動物は保護され、それに該当しない動物は保護されない、とする論理は、さすがに〈自由の国〉アメリカらしい。
 クジラは知能も高くて、可哀想だから、それを食べる日本人は野蛮人だが、牛なら食べるために「生産」して、バンバン殺してガンガン食べてよい、とする国らしい差別であろう。
 そのような差別(=人間にとって有益か否かで、動物の生命の価値を序列化する)に合理性がないとすれば、ジュゴンに原告適格を認めるなら、ゴキブリにも、蝿、蚊にも、その権利を保証すべき、と私は考える。
 ゴキブリは今すぐ、優秀な弁護士を雇って強力な弁護団を組織し、ゴキブリホイホイの製造販売差止めを求めて集団提訴すべきだし、蝿蝿蚊蚊蚊もキンチョールを重大な生存権の侵害を招くとして禁止するべく今すぐ立ち上がらなければならない。
 ……しかし残念なことに、少なくとも日本では、人間以外には原告適格が認められないはずなので、日本在住のゴキブリ、蝿、蚊のみなさんは誠にもって残念でした、と申し上げるより他ありません。あっ、そうだ! アメリカの裁判所に提訴してみてはいかが?

(参考)google ジュゴン 原告適格

強盗強姦致死未遂罪の処理@山口説

 山口説での、強盗強姦致死未遂罪の処理について疑問があります。

=事例=
「強盗犯人Xは、強盗の被害者A女を強姦しようとしたが、抵抗され強姦目的を遂げなかった。が、その際の暴行によりA女を死亡させた。Xの罪責は?」(大塚裕史『刑法各論の思考方法』p199より)

=前提=
 ・山口説では、強盗致死罪の原因行為は「強盗の手段である暴行脅迫と、事後強盗類似の状況における暴行脅迫」に限定する「拡張された手段説」を取りますので、この事例の暴行を、強盗殺人罪で評価することは出来ません。
 ・山口説では、死の結果に結果に故意ある場合も、強盗強姦致死罪に含めて考えます。→Xに死の故意があってもなくてもよい。
 ・ただ、事例では、強姦自体は未遂に終わっています。山口『刑法各論』p239では、強盗強姦致死罪は、強盗強姦罪の成立を前提とする、と書かれています。(13行目)

=疑問=
 A・181条は、強姦致死罪は、強姦罪の未遂既遂を問わず成立する、としていることとのバランスから、強盗強姦致死罪の前提たる強盗強姦罪もまた、未遂で足りる、と言えるでしょうか? →言えるとすると、事例の場合、強盗強姦致死罪が既遂(死刑または無期懲役)になります。

 B・もし、強盗強姦致死罪の前提たる強盗強姦罪は既遂に達している必要があるとすると、この場合、強盗強姦致死罪の未遂罪が成立するのみ。となると、未遂減軽があるとすると刑の下限が7年以上となり、強盗致死罪の下限が無期懲役であることと、不均衡です。未遂減軽を認めないとすれば、下限が無期懲役なので、刑は均衡します。

 山口説に忠実な解釈を取ろうとした場合、Aを取れるでしょうか。それとも、Bとしたうえで減軽を認めないという解釈を取るべきでしょうか? それとも、他の解決策があるでしょうか?
(2005/03/04)

「わいせつ」性の「意味の認識」

 わいせつ物陳列罪の「わいせつ」性は規範的構成要件要素ですから、そのわいせつ性が処罰に値するかどうかは裁判官が決めます。
 で、従来、裁判所が判断するべきわいせつ性の度合については、故意は不要とされて来たわけです。
 で、我らが山口先生は、規範的な法概念への正しいあてはめを故意存在の要件とするのはたしかに行きすぎだが、かといって「裸の自然的事実の認識」で足りる、とするのも不当であるとして、意味の認識を故意の要件として要求します。
 まー、ポルノを業として出版している人にとっては、それが「ヤラシーという価値」を持つことは当然の前提ですから、裁判になっても「いや、やらしいとは思わなかったですから」という言い訳が通用するわけもなく、争点は、裁判官が認定する規範的な可罰的なわいせつ性の程度が正当かどうか、という部分で争うしかないし、それは裁判官が勝手に判断しちゃうので、まー、勝ち目はないというべきでしょう。
 しかし、例えば、メイプルソープの写真集を輸入販売しようとする人なら「ここには確かに性器が写っているが、これはあくまで芸術表現で、わいせつではないのです」という主張もありえるんでしょう。つまり、わいせつという「意味の認識」がないので、故意を阻却される、ということになりえるでしょう(いや、裁判では無理でしょうけど……)。
 もう一つ、考えられるのが、バカな女子高生(刑事未成年ではない)が、ネットの掲示板かなんかに、写メールで自分の性器を撮影して掲載した、という場合。
 まー、バカですから、規範的な法概念に照らして処罰されるに値するかどうかなんて、当然わからないんですけど、さすがに、「そこに性器が写っている」という裸の自然的事実の認識がない、ということはありえないでしょう。でも、その女子高生が、本物のバカで、掲示板の読者に「かわいいー」「萌え萌えー」と言われて、いい気になって性器写真をアップしただけで、それが「ヤラシー意味」を持つことは知らなかった場合は、わいせつという「意味の認識」に欠けるため故意が阻却されるということに……なるんですよね……それでいいんですよね……
 (2005/02/19)

刑法にハマる

 「刑法にハマる」という状態があるらしい。
 山口厚大先生の一番弟子(?)高山加奈子先生も、山口先生の講義を聴いてそれまで興味のなかった刑法学にのめり込んだ、と書いておられましたし。
 自分も、今まで何度か、山口刑法の本を読んで「プチはまり」状態を経験してます。
 で、昨日、大塚裕史『刑法総論の思考方法』(早稲田経営出版)を買って来て読みはじめたら、これが実に分かりやすくて、滅法面白く、これを読みながら山口厚『刑法総論』を読み返すと、今まで曖昧だった部分が霧が晴れるように分かって来て、また刑法にハマりそうな情勢です。ヤバいっす。
 とりあえず、書店に行って、大谷先生の総論と、高山加奈子先生の『故意と違法性の意識』を……やばいっ。合格が遠のくぞっ!

 ところで、大塚裕史『刑法総論の思考方法』には山口先生の名前が全然出てこなくて「?」と思ってました。
「この人、山口刑法を嫌ってるのかなー?」と、思ったら、実はこの本、山口先生の『刑法総論』が出版される前の本なんですねー。そりゃー、名前も出てこないべさ……って、疑問に思って、山口『刑法総論』の出版年を調べたら、2001年初版発行ですから。まだ出てから4年目(!)だという事実に驚愕です。
 山口刑法が普及するのはまだまだこれから、と申せましょう。
 自分、他学部卒の門外漢だというのに、時代の最先端を行っちゃってましたね(涙)。
 論証集がなくても、しょーがないよなー。
 自作するしかないよなー。
 (2005/02/17)

学校こわい

 昨日、大阪府寝屋川市の小学校で、教師が17歳の少年に刺殺された。
 もはや、生徒児童や教職員にとって学校という場は、安全どころか、夜の繁華街なみに危険な場所だ。
 こんな恐ろしい場所に自分の子供を通わせたくない、しかし通わせないわけにも行かない、というジレンマに多くの親が苛まれているはず。
 しかし文部科学省、あるいは学校の設置者である地方自治体は、今回も「職員一丸となって安全の確保に努めるように」とかなんとか、実効性のない通達を出して、あとは放置することになるのだろう。
 しかし、事態は職員が頑張ってどうにかなる次元をはるかに越えていると思う。もう既に。とっくの昔に。
 学校の安全確保のために、子供と教職員、事務職員らの命を守り、学校の本来の教育機能を維持していくためには、具体的な予算措置(警備員の配置、セキュリティシステムの導入・強化、それらに金が掛かるのは当然)が必要だと思う。
 でも、教育予算なんて、削減さえこそすれ、増やされはしないのが昨今の現状。そんな危険な学校にかかわっていかなければならない子供は、親は、教師は、一体どうすればいいのだろう。

 そこで、一つの考えとして、労働者のストライキや、良心的兵役拒否を参考にして、「自衛的怠学」ないし「自衛的登校拒否」を手段として講じてみてはどうか、と妄想するんである。
 国民の安全を保障できないがゆえに、BSE(狂牛病)の疑いのあるアメリカの牛肉を輸入禁止したように、子供の命が保障できないのなら、学校には行かせない、という選択肢があってもいい。
 そして「自衛的登校拒否」運動をなるべく大勢で展開し、「今の現状の学校には行かせられない/恐くて通えない」ということを前提に、この現状が、憲法に保証された「教育を受ける権利」(26)を侵害しているとして、具体的予算措置を講じるように地方自治体ないし国を相手に訴訟を提起してはどうか……と妄想するんである。具体的には「学校における安全確保のための予算措置」の立法不作為が違憲であるとして論難する……無理っぽい(笑)
 問題は、「自衛的登校拒否運動をなるべく大勢で展開」することが、現実にはなかなか難しいだろうな、ってことなんですけども。訴訟を起こすこと自体はわりと簡単だとしても。

 とりあえず、裏金を作るほどの余裕がある検察庁・警察庁の捜査費(捜査協力報償費?)やら、どうせたいした調査もやっていなかろう国会議員や市会議員の政務調査費なんかを軒並み廃止して、浮いたお金を学校に回してほしい、と切に願うのである。
 じゃないと、うちの子は通わせられません。恐くて。
 (2005/02/15)

国会中心立法の原則と国会単独立法の原則

 この二つの原則は、どっちがどっちだったか、非常に紛らわしいことで有名である。そうでもない?
 すくなくともヨーゼフKは、どっちがどっちかすぐ忘れる。
 思うに、これは筆者の頭が悪いせいでなく、こんな紛らわしい学術用語を採用して放置している学者たちが悪いものと思われる。
 「国会中心立法の原則」は、実質的意味の立法は国会しかできない、つまり、立法権を有する主体は誰か、という問題。
 「国会単独立法の原則」は、その立法権を国会が行使するにあたって、他の機関から干渉を受けない、ということ。
 であるなら、「国会中心立法の原則」は「立法主体国会限定の原則」と呼び、「国会単独立法の原則」は「立法手続国会自律の原則」とでも呼べば、より正確なのではなかろうか……などと、考えてみても、どっちがどっちか紛らわしく無くなるわけではないので、最終合格はちっとも近づかないのである。以上。……ヤバいっす。
 (2005/02/14)







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