平成元年2 窃盗か横領か、財物、占有 詐欺罪の範囲
【刑法】 平成元年・第2問
 A会社の技術職員甲は、同社が多額の費用を投じて研究開発した新技術に関する機密資料を保管し、時折は研究のため自宅に持ち帰っていた。B会社の社員乙は、A会社の機密を不正に獲得することを企て、甲に対し、その保管する当該資料のコピ−の交付を依頼し、礼金の半額100万円を支払い、残りの100万円はコピ−と引き替えに支払うことを約束した。甲は、コピ−を作成する目的で当該資料を一旦社外に持ち出し、近くのコピ−サ−ビスでコピ−を一部作成し、 30分後に当該資料を会社の保管場所に返却した。その後、甲は、発覚をおそれてそのコピ−を渡さずにいたが、乙に督促されたため、個人的に所有する別のコピ−をA会社の機密資料のコピ−であると偽って乙に渡し、残金の100万円を受け取った。
 甲および乙の罪責を論ぜよ。


=構成=

一、甲の罪責
 1、会社との関係
 ・背任にあたる。 機密情報の持ち出し=将来の営業への妨害:財産の増加の妨害=消極的損害は背任罪を構成する。
 ・身分(他人の事務を処理するものにあたる)、故意(身分、任務違背、財産上の存在の認識・予見)はある、図利加害目的(本人の利益を図る目的ではない)を認定できる。
→結局、機密情報は流出しておらず、背任罪の未遂が成立する!

 ・業務上横領→「他人のためにする自己の占有」が認められないために成立しない。
 ・窃盗罪 既遂 情報が記載された紙が「財物」にあたる。これを30分という短時間持ち出すことは、一時使用窃盗として不可罰か?
  コピーを取った時点で、一時使用窃盗とはいえない。情報のもつ経済的価値を自分のために利用する意思が明確である。コピーがなされば、機密性、企業の情報独占性が損なわれることから、不法領得の意思(所有者を排除する意思)が認定できる →窃盗既遂(235条)

 2、乙との関係 詐欺罪の成否 肯定
  乙が甲にあとから手渡した100万円は、甲に会社の機密資料を持ちだしたことに対する礼金として支払われている。
 これは、いわゆる不法原因給付(民法708条)にあたり、乙には返還請求権がないが、この場合にも詐欺罪は成立しうるか、問題となる。

 【不法原因給付と詐欺】

 欺罔されて財物を交付する被害者の行為が不法原因給付(民法708条)にあたり、返還請求権が認められない場合にも詐欺罪は成立するか。
 この点、返還請求権が否定される場合、財産上の損害がないとして詐欺罪を否定する見解があるが妥当ではない。
 詐欺罪においては、財産上の損害は独立した要件ではなく、交付した物・利益そのものが法益侵害をなすのであり、交付した物・利益自体には何らの不法性もない以上、詐欺罪は肯定できる。

 偽の書類を機密資料と称して手渡し、その礼金として100万円を受けとったことは、欺罔による錯誤に基づく処分行為といえるので、詐欺罪を構成する。




二、乙の罪責

 1、 礼金の支払いを約束して、甲に、会社の重要な情報を持ちだすよう唆しているので、背任の教唆にあたる。結果的に情報は流出していないので、背任未遂罪(247、250条)の教唆犯(61条)が成立する。
 2、 礼金の支払いを約束して、甲に、機密資料を記載した書類を不法領得意思を持って会社から持ち出させ、コピーを取らせているので、窃盗既遂罪(235条)の教唆(61条)が成立する。
 3、上記の両教唆罪は、一個の行為によってなされているので観念的競合(54条1項)となる。

 以上



(2006/06/03)

(注意:背任については「情報を持ちだす」ことにより将来の利益の増加を妨害する消極的損害を保護法益とした。窃盗については、機密情報が記載された書類そのものを「財物」とした)