平成9年1 誤想過剰防衛
【刑法】 平成9年・第1問
 学生の甲と乙が深夜繁華街を歩いていたところ、一見してやくざ風のAが、甲に因縁を付け、甲の胸ぐらをつかんで付近の路地に引っ張り込み、ナイフを甲に突きつけた。甲と乙は、身の危険を感じ、こもごもAの顔面を殴って路上に転倒させ、ナイフを奪い、これを遠くに投げ捨てた。甲はその場から逃げようとしたが、乙は、Aが転倒したまま「待ちやがれ。」と怒鳴って右手で上着のポケットを探っているのを見て、Aがまた刃物を取りだそうとしているものと勘違いし、Aの腹部を数回力まかせに蹴りつけた。その間、甲は乙を制止することなく、黙ってみていた。Aは、乙の暴行により、すい臓破裂の傷害を負って死亡した。
 甲および乙の罪責を論ぜよ。


=構成=

一、乙の罪責

 1、乙は、甲と共同してAの顔面を殴り、転倒させていることから、暴行罪(208条)の共同正犯(60条)の構成要件を充たす。
 2、しかし、この暴行は、Aに「因縁を付け」られ、「付近の路地に引っ張り込」まれたうえ、「ナイフを突きつけ」られたことにより、身の危険を感じたために、急迫不正の侵害から自分の身を守るためにやむを得ず行ったことと言え、正当防衛(36条1項)の要件を充たす。
 よって、違法性が阻却される。

 3、ところがその後、乙は、Aが転倒したまま怒鳴り、ナイフを取り出そうとしていると誤認して、その腹部を数回力まかせに蹴り、結果死亡させている。
 そこで、この行為が、誤想過剰防衛にあたり、傷害致死(205条)の故意犯が成立しないか。
  (1) 【正当防衛の要件】 →相当性は不要、必要であるかぎりいかなる侵害行為も肯定されるべきである。
  (2) これに対し【誤想過剰防衛の要件】
     →過剰であることに故意があれば故意犯が成立することになる。乙の反撃は過剰と言えるか。
   この点、Aは転倒しているが、数秒後に立ち上がらないとも限らない。立ち上がれないほどのダメージを受けたとの事情は問題文からは読み取れないからである。また、「待ちやがれ。」と怒鳴っていることから、なお攻撃意思を持っていると言える。ナイフなどの凶器は持っていなかったとしても、このように他人に因縁を付けてくる人物が喧嘩なれしており、素手でも危険だということは、通常人なら誰でも予想がつくところであって、素手なら安全だという保障はまったくない。
 よって、乙にとって急迫不正の侵害は継続しているので、誤想防衛にはあたらない。また、身を守るという目的に対して、死という結果はたしかに過大ではあるが、しかし、腹部を数回蹴るという行為は、さらなる侵害の危険を除去するためになお必要な反撃行為であったと評価できるので、過剰防衛にも当たらない。
 よって、Aに対する傷害致死についても、正当防衛が成立し、違法性が阻却される。

 4、 以上から、乙は、暴行(208条)の共同正犯(60条)および傷害致死(205条)につき正当防衛(36条1項)が成立し、無罪となる。


二、甲の罪責
 1、甲は、乙と共同してAの顔面を殴り、転倒させていることから、暴行罪(208条)の共同正犯(60条)の構成要件を充たすが、正当防衛が成立し違法性が阻却されることは乙と同様である。
 2、その後、乙がAの腹部を蹴り、傷害している間、そばにいて黙って事態を見ていた。
   ここで、仮に乙に誤想過剰防衛が成立し、傷害致死(205条)の故意犯が成立するとすれば、甲も傷害致死の共犯としての罪責を負うことになるであろうか。
   この点、A転倒後の腹部への傷害行為については、甲は加功しておらず、その点について共謀がある訳でもないので共同して犯罪を行ったとは言えず、共同正犯とはならない(60条)。
  (ここに【共犯行為後の、さらなる共謀共同正犯の成否】という論点……)
   また、通常であれば、犯行を黙ってみている行為が幇助を構成することはないと思われる。
   しかし、乙の場合、すでに一度甲と共同でAに対し攻撃を加えたという事情があるため、不作為による幇助が成立するための先行行為があると言える。また、黙って見ていることで、いざとなれば加勢するなど、乙の行為を心理的に促進し容易にする因果性が認められるので、傷害致死の幇助(62条)が成立しうる場面であると言える。
 3、 では、幇助が成立するためには、正犯には、どのような要件が備わることが必要か。
  【共犯従属性──制限従属性説】
  この点、ある法益が侵害される時、侵害行為が構成要件該当性と違法性を供えた時に、法益の侵害に対し、刑法が介入する必要性が生じる。それにたいし、行為者に刑罰を受けるべき道義的責任を認めうるかどうかは、行為者ごとに個別に判断されるべきである。よって、正犯が構成要件該当性と違法性をそなえた時に、共犯が可罰的になると言える。
 4、 仮に、乙が誤想過剰防衛と認定され、傷害致死の故意犯となる場合には、甲にも幇助が成立しうる。
 しかし、既述した通り、乙は、傷害致死について正当防衛が成立し、違法性が阻却されている。よって、これに対する幇助(62条1項)も成立しない。

 5、以上から、甲には、暴行罪(208条)の共同正犯(60条)について正当防衛(36条1項)が成立し、無罪となる。


 以上


(2006/06/02)
(誤想過剰防衛を肯定しないと答案が書きづらい問題)
(しかし具体的あてはめとしては、これが正しいと思われる)
(人に因縁をつけ、ナイフを突きつけるヤクザが、転倒したぐらいで安全な存在にはなりませんって)
(誤想過剰防衛を認定できるのは、そういう恐い目に遇ったことのない人と思料される)