平成11年2 恐喝・詐欺・窃盗
【刑法】 平成11年・第2問
 甲は、食料品店主Aに対し、「指定した口座に400万円振り込まなければ、商品に毒を入れるぞ。」と電話で脅し、現金の振込先としてB銀行C支店の自己名義の普通預金口座を指定した。やむなくAが2回に分けて現金合計400万円の振込手続を行ったところ、200万円は指定された口座に振り込まれたが、2回目の200万円は、Aの手続ミスにより、同支店に開設され、預金残高が37万円であった乙の普通預金口座に振り込まれてしまった。その直後、乙が30万円を通帳を使って窓口で引き出したところ、なお残高が207万円となっていたので、誤振込みがあったことを知り、更に窓口で100万円を引き出した。乙は、家に戻りその間の事情を妻丙に話したところ、丙は、「私が残りも全部引き出してくる。」と言って同支店に出向き、乙名義の前記口座のキャッシュカードを用い、現金自動支払機で現金107万円を引き出した。
 甲、乙及び丙の罪責について、他説に言及しながら自説を論ぜよ。


=構成=

★他説とは、銀行にある金銭の占有は誰にあるのか、という問題


一、甲の罪責

 1、 恐喝罪(249条)の成否 
 【恐喝の要件】あてはめ
 脅して振り込ませているので恐喝が成立するが、得た金額は「財物」(1項)にあたるのか、それとも「利益」(2項)にあたるのかが問題となる。

 2、【銀行にある金銭の占有は誰にあるのか】
 銀行占有説vs名義人占有説

 占有は銀行にある よって、甲が得たのは銀行から金銭を引きだすことのできる金銭債権という「利益」。よって249条2項が成立する。

 3、自分の口座に入金された200万につき、すぐにでも引き出せる地位を得ているので既遂。誤振込みされた200万については、引き出すことが出来ないので、「利益」を得たとは言えず、未遂となる。

 
二、乙の罪責

 1、誤振込みがあったことを認識しつつ、それを窓口で引き出している。
 【占有の帰属】銀行にあれば詐欺罪 他説である名義人占有説によれば、口座にある金額は占有離脱物になるので、占有離脱物横領罪となる。
 【詐欺罪の要件】←充たす よって、一項詐欺成立

 2、金額の問題 100万全額につき詐欺が成立するか。

 【払い戻した金額の一部には正当な引落とし権限がある場合】
 どの7万が、正当な権限に基づく払い戻しか確定できない以上、全額につき詐欺が成立するという見解もある。
 しかし、仮に残高が十分にあって、誤振込みした利用者を害する恐れが存在しない場合でも詐欺罪が成立するのは妥当ではない。
 残高が十分である以上、誤振込みがあったことを知っている行員と言えども、正当な払い戻し権限を有する者の払い戻しを拒絶することは出来ないと思われる。
 よって詐欺罪は、残高が誤振込み人に返金するのに足りない場合にのみ、足りない範囲で成立すると考える。
 本問についていえば、口座残高は107万円であり、所有者への返金には93万円不足する。
 よって乙が、100万円の払い戻しを受けた内、7万円は正当な払い戻し権限によるものであり、93万円につき詐欺罪(246条1項)が成立する。


三、丙の罪責

 1、誤振込みであることを認識して107万円を、現金自動払い戻し機により、引き出している。
  【占有の帰属】
  ◎銀行にあれば、窃盗罪(235条)
  ×乙にあれば、占有離脱物横領(254条)

 2、金額の問題

 乙について検討した通り、誤振込みしたAに返却すべき金額は200万円なので、107万円のうち、丙が正当な引落とし権限を持つ部分は存在しない。
 よって、107万円全額につき占有離脱物横領罪(254条)が成立する。


 以上

 (2006/06/05)