平成12年1 共犯の錯誤
【刑法】 平成12年・第1問
 甲は、友人乙、丙に対して、Aが旅行に出かけて不在なので、A方に侵入し、金品を盗んでくるように唆した。乙、丙は、A方に侵入したところ、予期に反しAが在宅しているのに気付き、台所にあった包丁でAを脅して現金を奪い取ろうと相談し、Aに包丁を突き付けた。ところが、Aが激しく抵抗するので、乙は、現金を奪うためにAを殺害しようと考え、その旨丙にもちかけた。丙は、少なくとも家人を殺したくないと思っていたことから、意外な展開に驚き、「殺すめはやめろ。」と言いながら乙の腕を引つ張つたが、乙は、丙の制止を振り切つて包丁でAの腹部を刺し、現金を奪いその場から逃走した。丙は、Aの命だけは助けようと考え、乙の逃走後、直ちに電話で救急車を呼んだが、Aを介抱することなくその場に放置してA方を立ち去った。緒局Aは、救急隊員の到着が早く、一命を取り留めた。
 甲、乙及ぴ丙の罪責を論ぜよ(特別法違反の点は除く。)。

=構成=

一、乙の罪責
 1、乙は窃盗目的で、丙と共同してA方に侵入しているので、住居侵入罪(130条)の共同正犯(60条)が成立する。
 2、その後、金品強奪の目的で、Aを殺害することを意図し、Aの腹部を刺し、金品を奪ったが、Aは一命を取り止めていることから、乙には強盗殺人未遂罪(240条後段、243条)が成立する。
 【240条は殺害の故意ある場合を含むか】という論点がある……
結論は、故意ある場合を含む。
 3 以上から、乙には住居侵入罪(130条)の共同正犯(60条)と、強盗殺人未遂罪(240条後段、243条)が成立し、両者は牽連犯(54条1項後段)となる。

二、丙の罪責
 1、丙は窃盗目的で、乙と共同してA方に侵入しているので、住居侵入罪(130条)の共同正犯(60条)が成立する。
 2、(ア)その後、乙と相談の上、強盗の意図で、Aに包丁を突きつけている。これは、通常、被害者を反抗抑圧するに足る脅迫行為と言える。そして、乙と共同して金品を奪い、結果的に、Aを傷害している。
 Aの傷害は直接的には乙の行為によるが、乙と丙は共同して強盗の構成要件該当事実を惹起しているので、強盗に通常伴いうる致傷結果についても共同が認められ、強盗致傷罪(240条前段)の共同正犯(60条)の構成要件を充足しないか。
   (イ)丙はAの腹部を刺そうとする乙を制止しているが、致傷結果が発生している以上、中止犯の適用はない。
   (ウ)では、共犯からの離脱は認められるか。たしかに丙は乙に対し、「殺すのはやめろ。」と言って、乙を制止しているが、これは殺害を制止したものであり、強盗に通常伴いうる傷害まで制止する意図があったとは言えず、強盗の共同正犯からの離脱の意思は認められない。
   (エ)以上から、強盗致傷罪(240条前段)の共同正犯(60条)の構成要件を充足する。

 3、なお、共同者である乙が、殺害の故意でAを刺していることから、丙にも強盗殺人未遂の共同正犯が成立しないか。
 この点、共同正犯においては、共同して惹起した構成要件該当事実の範囲で、各自の責任に応じた犯罪が成立すると考える。
 そして、丙は、殺害には同意していないので、強盗と致傷結果についてのみ故意が認められる。

 4 以上から、丙には住居侵入罪(130条)の共同正犯(60条)と、強盗致傷罪(240条前段)が成立し、両者は牽連犯(54条1項後段)となる。


三、甲の罪責

 1、甲は、乙、丙に対し、窃盗(235条)を教唆(61条)している。しかし、実際に実現した犯罪は、乙につき強盗殺人未遂、丙につき強盗致傷であり、教唆の故意とは異なる事実が生じている。
 このような場合を共犯の錯誤または共犯の過剰というが、これをどう考えるべきか。

 2、【共犯の錯誤】←具体的法定符合説から
【共犯と錯誤(共犯の過剰)】

 共犯(共同者)が認識・予見した事実と、正犯(他の共同者)が実現した構成要件該当事実とが異なる場合、いかなる犯罪が錯誤に陥っている共犯者に成立するか。
 この場合共犯者の故意を認めるためには、単独犯の事実の錯誤と同じ基準で判断することが妥当だと思われる。

 そこで、争いあるも、行為者が認識した事実と、発生した事実とが「構成要件の枠内において」重なり合う限度で故意を認める法定符合説によるべきと考える(が、構成要件該当事実は構成要件要素のレベルで抽象的に捉えるとしても、侵害を受ける法益主体については具体的に符合することを要求すべきである。(具体的法定符合説))
 ↑法益主体の錯誤はないので、後半不要!

 3、あてはめ 甲が教唆した窃盗と、実現された強盗は、ともに財物の奪取という構成要件要素の範囲で実質的に符合しているといえる。よって、故意の内容と異なる構成要素が実現しているものの、甲には、その故意の内容である窃盗の教唆について責任を問いうる。

 4、よって甲には、住居侵入(130条)の教唆(61条)、及び窃盗(235条)の教唆(61条)が成立し、両者は一個の教唆行為から生じているため、観念的競合(科刑上一罪)となる。


以上





=====ボツ==強盗致傷は結果的加重犯としないので=================
結果的加重犯の共同正犯の成否が問題となる。
 (イ)【結果的加重犯の共同正犯の成否】
 ■結果的加重犯は、責任主義の観点から加重結果の実現につき過失を要求すべきである。よって、過失の共同正犯が可能であれば、結果的加重犯の共同正犯も可能である。
 共同正犯における「一部実行全部責任」を基礎づける因果性は、故意の共同がなくても、構成要件該当事実の実行についての意思の共同があれば肯定できるので、過失による共同惹起も可能である。その結果、故意犯と過失犯の結合形態である結果的加重犯の共同正犯も可能といえる。
 (ウ)(あてはめ)