平成6年1 誤想過剰防衛
【刑法】 平成6年・第1問
 甲は、対立抗争中の暴力団の組員に襲われた場合に備えて、護身用に登山ナイフを身に付けていたところ、ある日、薄暗い夜道を帰宅途中、乙が、いきなり背後から前に回り込んできて、右手を振り上げて立ちふさがったので、組員が殴りかかってくるものと思い込んで危険を感じるとともに逆上し、殺意を持って登山ナイフで乙の腹部を1回突き刺し、全治3か月の傷害を負わせた。なお、乙は、甲を友人の丙と勘違いし、丙を驚かせるつもりで甲の前に立ちふさがったものである。
 甲について、殺人未遂罪の成否を論ぜよ。


一、構成要件該当性
 
 甲は、殺意をもって、登山ナイフで乙の腹部を刺し、重傷を負わせている。よって、殺人未遂罪(203条199条)の構成要件を充たす。

二、違法性

 甲は、乙に殴りかかられると思いこみ反撃に及んでいることから、正当防衛にあたるとも思われ、その成否が問題となる。


 【正当防衛の要件】要件論 →防衛の意思不要説 
 ★あてはめ! ここがメイン!
  まず、乙は友人を驚かそうとして立ちふさがったに過ぎず客観的には急迫不正の侵害は存在せず、ただそれが存在すると甲は誤信している。
 (では、甲の対抗行為は「防衛のため」と言えるか。甲は「逆上」して「殺意」を抱いているが、それらと防衛意思は両立し得ないことはない。「危険を感じ」て、それを回避しようとしており、防衛の意思はあると言える。) ←不要だが一応……
 では、甲の行為は「やむを得ずした行為」と言えるか。
 この点、素手で殴りかかる者に対して、ナイフで対抗することは、防衛に必要な限度を明かに逸脱していると言える。よって、正当防衛の要件を充たさず、過剰防衛(36条2項)の成否が問題となるにすぎない。
 よって、正当防衛による違法性阻却は認められない。 

三、有責性

 (1)甲の反撃行為は誤想防衛として故意を阻却される余地はないか。

 【違法性阻却事由該当事実の錯誤】前提として論証 

 誤想防衛にあたる場合とは、正当防衛の要件のうち、「急迫不正の侵害」が存在する、または「やむを得ずにした行為」であると誤信した場合を言い、その場合には故意が阻却される。
 
 (2)あてはめ 本問甲は殺意を抱いて反撃しており、行為の過剰性を認識していることから殺人の故意が阻却されることはない。
    また、客観的に急迫不正の侵害は存在しないため、違法性も阻却されない。
 よって誤想過剰防衛となり、違法性、責任の阻却は認められず、故意犯が成立する。
 ただし、主観面は過剰防衛と同じであるから、36条2項を準用し、刑の裁量的減免の余地を残すべきである。

 (3) ほかに、責任阻却事由は見当たらない。
 よって、甲は、乙の殺人未遂につき、構成要件該当性、違法性、有責性を充足する。


四、結論

 以上から、甲には殺人未遂罪(203、199条)が成立する。ただし、36条2項が準用され、刑の裁量的減免の余地がある。

 以上