平成元年1・法人の「政治的表現の自由」
【憲法】 平成元年・第1問
 法人の「政治的表現の自由」について、外国人の場合と比較しながら、論ぜよ。

 《答案構成》

 1・人権享有主体性
  1) 法人のそれ 自然人ではないため問題
   論証 【法人の人権享有主体性(社会的実在説)】→肯定
     ただし、性質上の制約あり
      @対外的関係、A対内的(構成員との)関係での制約 
      目的の範囲内で認める!!!


  2) 対するに、外国人 「国民」に含まれないために問題

  論証【外国人の人権享有主体性(性質説)】→肯定
     ただし、性質上の制約あり

  3) 比較 いずれも、人権を保障されるが、その特性により、自然人とは異なる限界がある。


 2・政治的表現の自由は認められるか
  1) 法人 性質に反しないので肯定
    許容性(目的の範囲内)(具体例:企業献金vs強制加入団体)
    必要性(具体例)
    《制約》ただし、社会的影響力の大きさから自然人の自由を害する危険(具体例:政治団体への献金) → 害しない範囲で肯定

  2) 外国人 国家への自由である自由権、前国家的権利として、外国人にも認められる。
    《有益性》民主政の健全な発展によい影響を与えることが期待される。(多様な立場からの見解を比較することでの)
    《制約》ただし、国民主権の原理との関係で、国民の自主的な政治的決定を歪めるような影響力を持つ行為は権利として保障されない。(具体例:OKとNG) → 害しない範囲で肯定

  3) いずれも基本的に保障されるが、それぞれの特性により、異なった制約を受ける。
     ★特に、法人は「目的の範囲内」という観点から、自然人たる外国人とは異なった自由の限界がある点に、特徴がある。


【法人の人権享有主体性】

 まず、法人は人権享有主体と言えるか。第三章表題の「国民」は本来自然人をさすと思われ、問題となる。
 たしかに法人は自然人ではないが、社会的実在として、社会にとって大きな役割を担っているので、人権を保障するべきである。

 (たとえば、宗教団体に信教の自由、営利企業に経済的自由権、学校法人に学問の自由などが保障されないならば、その本来の目的を達成できないことからも、人権は保障される必要がある)

 しかし、自然人ではないという性質上の制約はある。人身の自由や生存権、選挙権、被選挙権などは認められない。

 (また、法人は、特定の目的を持って設立され、法により法人格を付与された存在であるから、目的の範囲外の行動をする自由はそもそも認められず、憲法上も保障されないと考える。目的の範囲内の行動であるか否かは、法人と他の自然人の対立する自由のあいだで利益衡量する際、結論を左右する基準になると考える。)(かなり独自説)(判例の比較から導出)



【法人の政治的表現の自由】

 では、法人に政治的表現、政治活動の自由は保障されるか。
 特定種の業界や法人に不利益な政策や立法がなされそうな場合など、反対の政治的意見を表明することは、法人の目的達成に有益であることからも、政治的表現の自由は認められるべきである。
 だが無制限に認めるならば、その社会的影響力や経済力の大きさから、他の自然人や法人内部の構成員の自由を損なう恐れもあるので、一定の制約が必要である。

 (また、その政治的表現や政治活動が、法人の目的の範囲外であれば、その自由は保障されない。
 例えば政治団体への献金は、営利企業の場合には、目的達成に役立つ行為を広く目的の範囲内と認めることで、政治行動の自由として保障されうる。
 しかし、その法人が強制加入団体である場合などには、構成員の権利を害する危険が大きい。献金自体が目的の範囲内の行為と言えないならば、権利として保障するべきではない。)


【外国人の人権享有主体性】

 外国人は人権享有主体と言えるか。
 第三章の表題が「国民」とあることから問題となる。(しかし、文言によって形式的に判断することは妥当ではない。)
 この点、日本国憲法が前国家的な人権を認めていること、また国際協調主義(98条2項)を取っていることからも、権利の性質を実質的に判断して、認めうる限り外国人にも人権保障をおよぼすべきである。

 (前国家的権利:「国家からの自由」精神的自由権、人身の自由など)
 (後国家的権利:「国家への自由」参政権など、「国家による自由」社会権)→自国において保障されるべき権利


【外国人の政治的表現の自由】

 では外国人に政治的表現の自由は認められるか。
 まず表現の自由そのものは、自然権的自由である精神的自由としてその性質上認められる。
 しかし政治的表現の場合、参政権の行使にかかわるので、国民主権の原理との関係で問題となる。
 原則としては、外国人により様々な立場からの政治的意見が発信されることは、民主政の健全な発展、成熟に資するものであり、積極的に認めるべきであると考える。
 しかし、大きな影響力を有する外国人の政治活動が、わが国の政治問題に対する不当な干渉に当たる場合には、国民主権の原則を歪めるものとして、制約を受ける。
 
 (たとえば、政府打倒を目的とする政治的結社の自由は保証されない)



(2006/5/15)