平成10年2 議員の法案発議権と制限の必要性・許容性
【憲法】 平成10年・第2問
 国会法第56条第1項は、「議員が議案を発議するには、衆議院においては議員20人以上、参議院においては議員10人以上の賛成を要する。但し、予算を伴う法律案を発議するには、衆議院においては議員50人以上、参議院においては議員20人以上の賛成を要する。」と定めているが、この規定には、憲法上、どのような意味と問題があるかを論ぜよ。
 また、右規定のただし書を改正し、「但し、予算を伴う法律案を発議するには、内閣の同意を必要とする。」とした場合の憲法上の問題点について論ぜよ。


=構成=

一、前段について

 1、国会法56条は、議員が議案を発議するにあたって、一定数の賛成議員を要するという制約を設けている。この規定が議員の発議権を侵害するものとして問題とならないか。
 国会が唯一の立法機関(41条)としての機能を果たすためには、国会は立法手続につき他の国家機関の干渉を受けず、単独で立法を出来なければならず、その前提として、議員による法律案の発議が可能でなければならない。
 また、国民から選ばれてその代表として活動する議員は、一人一人が「全国民を代表する」(43条)のであり、また、自由委任の意義を活かすためには、個々の議員が自分の政治理念や良心に従って自由に意見を表明し、行動できる必要があり、発議権もまた、基本的にその一人一人に認められるべきものである。
 とすれば、発議のために多人数の賛成を要するとすれば、少数意見を代表する議員の発議権が封じられてしまい妥当でないとも思える。

 2、しかし、一人一人が独自に法律案を発議できるとすれば、限られた国会会期中に膨大な議案を処理し切れず、結局、重要な法律を成立させることが逆に困難になるという弊害が考えられる。また、選挙区受けを狙った、いわゆる「おみやげ立法」がなされる危険もあるので、このような弊害を防止するため、一定程度の賛成議員を発議要件として要求する必要性がある。
 発議の前に、同僚議員の賛成を得る必要があるとなれば、発議前に議案がより説得力のある客観的なものへと練りあげられ、また、発議数が減ることで、真に重要な法案について充実した審理が可能になるという実益もある。
 そして、発議された法案が可決されるには、議会で過半数の賛成を得なければならないことを考えると、発議の時点で数名の賛成も得られないような案は成立の見込みはないと言える。
 よって、各議院の定員の10分の1程度の賛成を発議要件としても、実質的には議員が立法に関与する権利を害することはないと考える。
 また予算を伴う法律案については、政府に予算措置を講じる義務を課すものであり、国民の税金を行政府が使用する使途を定めるものであるから、より一層慎重に審理がなされる必要がある。そこで、発議自体に、その他の法律案より大きな要件を課すことにも合理性がある。

 3、 よって、国会法56条は、議員の発議権を不当に制約するものではなく、むしろ国会の立法作用を実質的に保障し、充実した審理を可能にするものとして憲法上認められると考える。


二、後段について
 1、ただし書を改正し、予算を伴う法律案の発議に、内閣の同意を要件とした場合、いかなる憲法上の問題があるか。
 2、この点、予算の提出権は内閣が有し(73条5号)、予算措置を講じて予算を執行する責務と権限は内閣にある。
 とすれば、予算を伴う法律が成立するか否かは、内閣にも大きな影響を与えるのであるから、発議にあたって内閣の意思を一定程度反映させることにも、一応の合理性があると考えられる。
 3、しかし、法律の大半は予算を伴うものである。その発議に内閣の同意を要するとすれば、どのような法律を成立させるかは内閣の意思に大きく左右されることになる。
 とすれば、国会を「唯一の立法機関」(41条)とし、国会が他の国家機関の干渉を受けずに、単独で立法することができるという、国会単独立法の原則に反することになり、ひいては、国民の代表により構成される国会が、他の国家権力から独立して立法権を行使するという、三権分立の憲法原則に抵触することは明らかである。
 また73条1号は、内閣が「法律を誠実に執行」すべきことを定めている。とすれば、内閣は、国会が自律的に定めた法律に従って、その法律の実施のために予算を組み、かつ執行する義務を負うと考えられるのであり、法律の制定そのものについては国会の意思があくまで優先される。
 4、以上から、本問後段のように、国会法56条1項但書を改正することは、41条に反し許されない。

以上





 (2006/06/28)




 2、原則を貫いた場合の弊害
    ・大量の発議のための審議の遅滞 
    ・地元選挙区への人気取りの手段としての、財政的裏づけを欠くいわゆる「おみやげ立法」の発議がなされる危険
  →よって合理的な制限を課す必要がある。
(国会法56条1項の意義)

 3、許容性
   ・法案が可決されるには、過半数の賛成が必要であるから、発議自体に20名程度の賛成を得られない法案は成立することもほぼあり得ない 
  ・定員に対し、要求される賛成議員の数は過大であるとは言えない。
→よって発議に制約を与えることは、実質的には立法権を侵害するものではない。
 

 4、予算を伴う場合の制約の加重
  ・予算の発議権は内閣にある
  ・予算には限りがある、むやみに立法されれば、執行が困難になるおそれもあり、発議により高い制約を課すことも合理性がある。

→予算を伴う場合、発議自体のハードルを高くして、真に重要かつ緊急の法律が立法されるようにすることが必要

 以上から、国会法による制約は合憲である。


二、予算を伴なう法律案の発議に、内閣の同意を要求する但し書き改正は許されるか

 ・予算の提出権が内閣にあることから、予算を伴う法律案の発議に内閣の合意を求めることも、一定の合理性がないでもない

 ・しかし、国会単独立法の原則(41条)に反する

 ・内閣は、国会が定めた法律に従って予算を組む義務を負う

 よって、かかる改正は、41条に反し違憲となる。