平成11年2  95条と96条の差異の意味
【民法】 平成11年・第2問
 民法の規定によれば,@詐欺による意思表示は取り消すことができるとされている(第96条第1項)のに対し,法律行為の要素に錯誤がある意思表示は無効とするとされており(第95条本文),A第三者が詐欺を行った場合においては相手方がその事実を知っていたときに限り意思表示を取り消すことができるとされている(第96条第2項)のに対し,要素の錯誤による意思表示の無効の場合には同様の規定がないし,B詐欺による意思表示の取消しは善意の第三者に対抗することができないとされている(第96条第3項)のに対し,要素の錯誤による意思表示の無効の場合には同様の規定がない。
 「詐欺による意思表示」と「要素の錯誤のある意思表示」との右のような規定上の違いは,どのような考え方に基づいて生じたものと解することができるかを説明せよ。その上で,そのような考え方を採った場合に生じ得る解釈論上の問題点(例えば,動機の錯誤,二重効,主張者)について論ぜよ。


=構成=


一、 意思表示の構造

1 【意思表示の構造】
  
2 錯誤(95条)と瑕疵ある意思表示(96条)の相違

  錯誤は、真意(内心的効果意思)と異なる表示行為をしたために、結果として表示に対応する効果意思が存在しない場合である。
 我が民法は意思表示につき意思主義を取ることから、意思の不存在の場合を原則無効とした。
 これに対し、瑕疵ある意思表示(強迫や詐欺によるもの)は、表示に対応する効果意思は存在しているが、効果意思の形成過程に問題があるため、表意者の保護が必要となる場面である。
 瑕疵があるとはいえ効果意思自体は存在するため、原則有効とされ、ただし、表意者保護のために取消しうるものとされたのである。
 この場合、有効に成立した法律行為を取消すのであるから、善意の相手方を保護する必要があるため、問題文にあるような保護規定が置かれたのである。


二 解釈上の問題点

 1 動機の錯誤

 【動機の錯誤】
 伝統的な意思表示の理論によれば、動機は意思表示の要素ではない、とされる。
 動機に錯誤があっても、効果意思自体は存在するため、95条の「要素に錯誤があったとき」には当たらず、無効主張できないのが原則となる。
 
 もっとも、錯誤に陥る事例の多くは、動機に錯誤がある場合であり、その保護の必要性が高い。
 そこで通説判例は、動機が表示され、法律行為の内容になった場合には、「要素」の「錯誤」にあたる、として表意者を保護している。しかも動機の表示は黙示でもよいとされているのである。

 これに対し、そもそも動機と意思とは質的に区別すべきでないとして、錯誤は動機・意思を一元的に捉えるべきだ、という考え方もある。
 これは、動機と効果意思を区別する伝統的な理論を修正しようとする考え方である。


 2 無効と取消しの二重効 

 伝統的な動機と効果意思を区別する考え方によると、錯誤無効は、効果意思不存在の場合、詐欺取消しは効果意思存在の場合であって、両者は原則重なり合うことがあない。
 しかし、動機の錯誤の一部を要素の錯誤に含めて保護する場合には、詐欺によって動機の錯誤に陥った場合、両者が重なり合うことになり、錯誤無効と詐欺取消しが競合する。
 この場合、無効な行為は取消せないとして錯誤無効のみを認めるべき、という考え方もある。
 しかし、両者ともに表意者保護の制度であり、詐欺のほうが立証が容易な場合などに詐欺取消しの主張を認める実益もあるので、表意者がどちらでも選択して主張できると考える。


 3 主張者

 【取消しと無効の主張権者】
 詐欺又は強迫による取消しを主張できるのは、本人か、本人と同視できる者に限られる。(120条2項)
 これに対し、無効とは、法律効果の不発生であり、絶対効、対世効を持つ。従って、誰からでも無効主張できる。
 錯誤による意思表示も、表示に対応する効果意思が不存在の場合であるから、その効果が無効とされているのである。
 しかし、錯誤による無効の場合は、表意者本人を保護するための制度であるから、相手側や第三者からの無効主張を認めるならば、逆に表意者保護の役割を果たせなくなる。そこで、錯誤による表意者保護のための無効は、主張を表意者本人にのみ認めるべきである。

 

 4 相対的無効など

 表意者保護のための無効は、相対的無効とすべきである。
  ・主張権者の制限
  ・遡及的追認を認める
  ・権利主張期間の制限 取消し=5年(126条) と同じとすべし

  また、本来、無効主張に、相手方の悪意・有過失などの要件は不要とされている。
 もっとも近年は、表意者保護の制度としては詐欺・強迫による取消と類似した制度であり、相手方を保護する必要性も同じであることから、要件として相手方の悪意・有過失を求めるべきとする考えもある。




三、 まとめ
  以上のように(簡略に列挙)、錯誤による無効の効果が取消しに近づいていると言える。
 これは、効果意思の不存在は無効、瑕疵ある効果意思は原則有効という、形式的な二分論が、実質的にかなり変容してきていることを意味すると思われる。