平成14年2 氏名冒用訴訟
【民訴】 平成14年・第2問
 甲は、A土地の所有者乙を被告と表示して、所有権移転登記を求める訴えを提起した。なお、この訴訟には、訴訟代理人はいないものとする。
1  甲と通じた丙は、乙と称して訴状等を受領して、第1回口頭弁論期日に出頭し、請求原因事実をすべて自白した。
(1)  丙が自白した後、第1回口頭弁論期日において、出頭したのは乙ではなく、丙であることが判明した。この場合、裁判所は、どのような措置を採るべきか。
(2)  第1回口頭弁論期日において弁論が終結し、乙に対する請求認容の判決が言い渡されて、控訴期間が徒過した。その後、甲は、A土地について所有権移転登記を経由した。この場合、乙は、訴訟法上どのような手段を採ることができるか。
2  乙が訴状等を受領したが、甲と通じた丙が、「口頭弁論期日には出頭しなくてもよい」と乙をだました上、自ら乙と称して、第1回口頭弁論期日に出頭し、請求原因事実をすべて自白した。同期日の後、乙は死亡したが、裁判所が乙の死亡を知らなかったため、乙に対する請求認容の判決が言い渡されて、控訴期間が徒過した。この場合、乙の相続人丁は、訴訟法上どのような手段を採ることができるか。


=構成=


一、小問1(1)について

 1、本問では、乙氏名を冒用して、丙が出頭し自白しているが、冒用が第1回口頭弁論期日において発覚している。この場合、裁判所はどのような処置をとるべきか。
 このとき、被告が訴状に記載された乙であるか、または実際に出廷した丙であるかによって裁判所の取るべき措置が違ってくるので、まず、当事者を確定する必要があるが、ではいかなる基準により当事者を確定するべきか。
 この点、被告として行動する者を被告と認定するならば、丙こそが当事者であることになり、裁判所は審理を続行することになるが妥当ではない。
 当事者は訴え提起の当初から明確に定まるべきであり、その時点では裁判所には訴状という資料しかない。よって、当事者の特定は訴状の記述によって判断すべきである。(表示説)
 よって当事者は乙に特定する。
 2、 しかし、本問では乙は訴状を受け取っておらず、かわりに丙が受け取っている。
 そこで乙に訴訟係属しているかどうかが問題となる。
 訴訟係属とは、特定の当事者間の特定の請求につき、両当事者の関与のもとで、特定の裁判所によって審理される状態をいう。そして、このような両者の関与は、被告の元に訴状が送達(138条)された時に開始したと考える。
 よって、本問では乙が訴状の交付(101条)を受けていないことから、訴訟係属は生じていない。
 3、よって本問では、裁判所は、丙の行った自白は無効としたうえで、改めて乙に訴状を送達する措置を取るべきである。


二、小問1(2)について

 1、丙が乙を氏名冒用して行った訴訟の結果、甲がA土地の移転登記をなしているが、乙にはそのような登記移転を甘受すべきいわれはないので、移転登記の抹消を請求することになる。
 しかし、そもそも被告である乙が一度も参加していない訴訟で下された乙に対する判決は有効なのであろうか。
 有効であるとすれば、判決の既判力により、乙は移転登記抹消請求訴訟を提起できないことになる。そこで、前提として、控訴、再審などによって判決を取り消す必要がある。
 【当事者確定の表示説】→乙に有効な訴訟係属が認められないような状況で乙に対して下された判決が有効であるとすることには理論上疑義がないとは言えない。しかし、法的安定性を重視する観点からは一旦なされた判決を軽々しく無効とすることは出来ないと思われ、その結果、判決が有効に乙に効果帰属することは避けられないと考える。
 よって、乙は控訴、再審によって判決を取り消すことが必要である。
 2、控訴期間を徒過している。→控訴の追完(97条1項)が認められれば、控訴が出来る。
【追完の可否】
 追完(97条1項)が認められるためには、不変期間を遵守できなかった理由が「当事者の責めに帰すことのできない事由」であることが要件となる。では、この要件をどのように判断すべきか。
 この点、期間を遵守出来なかった当事者の事由のみを考慮することは妥当ではなく、その不遵守につき他方当事者の行為も関係しているならば、双方の事情を総合的に考慮して判断すべきである。
 帰責しえない事由が認められれば、その事由が止んでから一週間以内であれば追完が認められる。
 本問においては、乙は訴状を受け取ってすらいないので、訴訟の存在自体を知らなかったために控訴期間を徒過している。これは、甲と通謀した丙が、訴状を受け取り応訴していたことが原因であり、乙に帰責性はない。よって訴訟があったことを知ってから一週間以内であれば、追完が認められる。

 3、追完が可能な期間も経過していた場合、終局判決が確定し、もはや上訴はできない。不服申し立てのためには再審によるしかない。

  (1)再審とは、確定した終局判決に対し、(既判力が生じたからとて無視し得ない重大な手続き上の瑕疵や、判決の基礎となった資料の重大な欠陥などの)法定の再審事由がある場合に、その判決の取消と事件の再審理を求める例外的な不服申立ての手続きである。
  (2)本問においては、判決効が及ぶ被告名義人である乙と、実際に出頭して応訴した丙が別人であるという重大な手続き上の瑕疵があるといえ、338条1項9号、7号、6号、3号のいずれかを根拠として再審の訴えが認められる。

 4、以上のように控訴または再審によって甲勝訴の判決を取り消した後に、乙は抹消登記請求訴訟を提起できる。


三、 小問2について

 1、移転登記を執行してきた場合→請求意義の訴え(民事執行法35条1項) によって執行を阻止することが考えられる。

 2、控訴期間が徒過しているが? →当事者乙の死亡により、中断(124条1項)が生じている。
 中断中も判決の言い渡しは可能(132条1項)であるから、甲勝訴の判決は有効である。
 しかし、中断中は期間は進行を停止する。(132条2項)
 よって、乙の相続人丁による受継がない間は、控訴期間が過ぎることもない。丁は、中断した訴訟を受継すると同時に、控訴を提起し、甲勝訴判決の取消を求めることができる。

 3、 乙に対し判決が言い渡され、控訴期間が徒過したことを、相続人である丁が知った時点では、甲勝訴の判決は一応終局的に確定している。そのため、再審が可能かどうかが問題となる。
 小問1(2)で検討した通り、この判決には重大な手続き上の瑕疵があるので、再審を認める理由はある。
 もっとも、本問では、既述したとおり、控訴によって甲勝訴の判決を取り消すことが可能であり、それで目的を達することが可能であるため、再審の可否を検討する必要はないと言える。

以上



=関連条文=

(交付送達の原則)
第百一条  送達は、特別の定めがある場合を除き、送達を受けるべき者に送達すべき書類を交付してする。


(訴状の送達)
第百三十八条  訴状は、被告に送達しなければならない。
2  前条の規定は、訴状の送達をすることができない場合(訴状の送達に必要な費用を予納しない場合を含む。)について準用する。


(再審の事由)
第三百三十八条  次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。
一  法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二  法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三  法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
四  判決に関与した裁判官が事件について職務に関する罪を犯したこと。
五  刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。
六  判決の証拠となった文書その他の物件が偽造又は変造されたものであったこと。
七  証人、鑑定人、通訳人又は宣誓した当事者若しくは法定代理人の虚偽の陳述が判決の証拠となったこと。
八  判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。
九  判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと。
十  不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触すること。
2  前項第四号から第七号までに掲げる事由がある場合においては、罰すべき行為について、有罪の判決若しくは過料の裁判が確定したとき、又は証拠がないという理由以外の理由により有罪の確定判決若しくは過料の確定裁判を得ることができないときに限り、再審の訴えを提起することができる。
3  控訴審において事件につき本案判決をしたときは、第一審の判決に対し再審の訴えを提起することができない。



(訴訟手続の中断及び受継)
第百二十四条  次の各号に掲げる事由があるときは、訴訟手続は、中断する。この場合においては、それぞれ当該各号に定める者は、訴訟手続を受け継がなければならない。
一  当事者の死亡 (→相続人、相続財産管理人その他法令により訴訟を続行すべき者 )



(民事執行法)
(請求異議の訴え)
第三十五条  債務名義(第二十二条第二号又は第四号に掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。