【規制の合憲性】(目的二分論への批判)
【規制の合憲性】(目的二分論への批判)

 公共の福祉による財産権制約の合憲性は、どのような基準で判断されるか。
 →【二重の基準論】
 財産権は、経済的自由権であるから、
 経済政策についての立法府(行政)の裁量を尊重する必要があることから、その制約の合憲性は精神的自由権に比べ比較的ゆるやかに認めることが許される。
 具体的には、規制目的が公共の福祉に合致せず、その規制手段が目的達成にとって必要性と合理性を欠いていると認められる場合には、立法府の合理的裁量の範囲を逸脱するものとして、違憲無効とすることができると考える。



(目的二分論への批判)

(なお、職業選択の自由への制約の場合、これを消極目的規制と積極目的規制とに二分し、後者については、より緩やかな基準で判断する、いわゆる目的二分論がある。
 しかし目的二分論の適合する射程範囲は、財産権制約の場面には及ばないと考える。)(森林法違憲判決同旨(たぶん))



 以下は、書かない→(私見)(何故なら、財産権への制約に、目的二分論をあてはめることは妥当な結論を生まないと考えるからである。
 例えば、土地を収用する立法を例に検討すると、これが消極目的(氾濫洪水防止のための河川改修事業など)の場合、厳格に合憲性を判定するため、土地を収用される地権者の保護に厚く、事業者側には厳しい判断となる。この目的を積極目的(空港、テーマパーク、高速道路などの建設など)に置換えてみると、安全確保危険防止目的ではなく、社会資本充実という福祉増進のための積極目的規制となり、立法者の判断がより尊重される結果、地権者の保護には薄く、地業者側が容易に事業を遂行できるような判断がなされやすいことになる。
 しかし、国民の生命を守る消極目的は重要かつ緊急であり、地権者に受忍を強いる合理性も大きいと思われるのに対し、社会資本充実は相対的に必要度も緊急度も低いと思われるし、地権者の財産を強制的に収用する合理性も低いと思われる。
 このように、制約の合理性の軽重と、判定基準の厳格さが、逆転してしまうと思われる。
 よって、このような場合には目的二分論で対象を一律に区別するのではなく、個々の場合で、具体的に、目的の必要性や合理性、手段の必要性合理性を検討して、合憲性を判断すべきであると思われる。)