【全国民の代表、拘束名簿式比例代表制】43条1項
【全国民の代表、拘束名簿式比例代表制】43条1項

【43条の趣旨】
 43条は、国会議員を「全国民を代表する」べき存在と規定している。
 これは、いかなる選挙方法で選ばれた議員であれ、自分が立候補した選挙区の選挙人や、所属する政党などの代表者ではなく、常に全国民の利益のために活動すべき、倫理的道義的責任を負うことを意味する。
 また同時に、国会議員は選挙区の意向や要望、あるいは党の方針などに、法的に拘束されず、自らの良心や政治的信念に基づいて意見表明をし、表決をする権利を持つことを意味する。
 このように、選出母体などの意思に拘束されない代表の委任形態を自由委任と言い、43条1項は、かかる近代議会制の基本原理を宣言していると解される。


【比例代表制と党籍の変動】
(議席喪失説を批判して議席保有説を展開!)
比例代表選挙により選出された議員の党籍離脱や党籍変更があった場合、議席を失わせることは認められるか。
この点、比例代表制選挙は、政党中心の選挙であり、選挙人は正当に投票したのであるから、議員が党籍を失った場合には、議員の地位も失うとするのが選挙人の意思にかない妥当であるとする見解もある。
 たしかに、国会の構成が、選挙人の多元的な意思の勢力分布を出来るだけ忠実に反映するべきであるとする社会学的代表観からすれば、党籍の有無と議席の保有を連動させることには妥当性があるともいえる。
 (また、政党の助力によって当選した議員である以上、党の意思に従って議員の職を失うことも已むを得ないようにも思われる。)
 しかし、一旦選出された議員は、どのような選出方法による者であれ「全国民を代表する」ことにかわりはなく、党籍を失ったことを、議員たる地位の変動に結びつけて考えるべきではない。
 政党の議員拘束力が憲法により保障されるとすれば、政党が議員を支配することになり、そこに命令服従関係が生じることになり問題がある。政党による拘束は、あくまで、社会的政治的レベルの問題であり、43条の問題ではないと考える。
 またこの点、除名の場合に議員資格を奪うことは自由委任の原則に反するが、自発的な党籍離脱の場合には議員の地位を失わせても問題はないとする折衷説もある。しかし、議員の政治判断と政党の方針が完全に食い違った場合に、失職を恐れて不本意ながら政党にとどまらざるをえないとすれば、党と所属議員とのあいだに不自然な関係の維持を強いることになるし、議員の活動の自由を害することになり、やはり妥当とは思われない。
 そこで、党籍の変動は、議員の地位に影響しないと考えるべきである。しかし、そうすると、政党名簿に投じられた民意との乖離が生じる問題があると批判される。この批判は、議員の地位の存続を認めることは議員の自由意思を尊重しすぎるものであり、地位を失わせることは政党に負託した民意を尊重することになるのだと主張する。
 しかし、日々新たに生じる政治的課題の解決において、政党の方針が、選挙時の民意を常に忠実に反映しているとは限らない。逆に、政党の方針に反対する議員が選挙民の意思に忠実であることも十分あり得る。また、具体的問題をめぐる対立が、ときには政党の分裂や政界再編を引き起こすことを考えれば、政党に対し43条を根拠とする絶大な議員支配力を認めることは妥当とは言いがたい。
 以上から、党籍の変動や党籍離脱があっても、議員の地位を失わせるべきではないと考える。
 (また、上記の立場からは、近年成立した、国会法109条の2、公職選挙法99条の2が、党籍変更のあった場合に、議員は退職者となり、また当選を失うと規定していることは、憲法上の疑義があると言わざるをえない。)



前提論点【代表の意義】

(1)政治的代表観 : 議員が国民を代表するとは、代表する議員の行為が、代表される国民の行為と見なされるとする法的な意味と解するべきではない。(国民を「政治的無権利者」と扱う点で、国民主権の原理の元での国民の理解として妥当ではない)
   代表とは、国民は代表機関を通じて行動し、代表機関は国民意思を反映するとみなされるという趣旨の政治的な意味を有すると考えられる。 (通説、芦部)



(2)社会学的代表観 : 選挙によって表明される国民の多元的な意思の社会的実勢力分布が、議席数の配分にできるかぎり忠実に反映されるべきであるとする代表観。 (野中他Up54)



 cf. 党議拘束の合憲性は??

 ……(私見)
 政党は、もともと基本的には経済的思想の共通性によって結集した政治団体という側面が強いので、経済関連の法案などでは、激しい対立が生じることが少なく、党議拘束が問題視されることが事実上少ないだけなのでは?
 だからこそ、そもそも団体を構成した理由ではない、個々の議員の思想良心などの価値観にかかわる問題については、意見の擦り合わせが出来ず、党議拘束が問題化する。
 とすれば、そもそも党議拘束自体が、議員の自発的自律的な政治行動、表決の自由を侵害する問題性を有していると思われる。

 ただし、政党は私的団体なので、行動の自由がある……

 また、政党の存在の意義から、許容性が導き出される……