【基準時前に発生原因が存在した形成権を基準事後に行使できるか】
 要件A 形成権行使に基づく法律効果が、基準時における権利関係の判断と矛盾抵触しなければ、既判力による遮断はない。
 要件B 形成権行使の効果が既判力ある判断と矛盾抵触する場合(Aに該当する場合)は、その要件事実の一部が基準事後のものでも、他の一部が基準時前のものであれば、後者が既判力に遮断され、形成権行使は許されない。
 以下、上記の基準に照らし、@取消権、A解除権、B相殺権について検討する。
 @取消権 法律行為は取消しにより初めから無効とされる(民121)。つまり、取消しの法律効果は、基準時において権利関係が存在しなかったことを意図するものであり、既判力ある判断と矛盾する(A)。また、取消しの要件事実の一部である、取消し原因の存在は、基準時前の事実であるから既判力により遮断される(B)。
 A解除権 解除の効果について直接効果説を取るとしても、基準時において契約上の権利関係が存在することが前提であり、ただ意思表示の効果として遡及的に消滅するにすぎないから、既判力によって確定される基準時の権利関係と矛盾しない(A)。
 よって、解除権の発生原因の一部または全部が基準時前に存在していても既判力による遮断を受けないと考える。
 B相殺権 相殺の主張は、既判力によって確定された受働債権が基準時に存在することを論理的前提とし、相殺の効果として相殺適状発生時点まで遡及的に受動債権を消滅させるものである。従って、基準時における既判力ある判断と矛盾しない(A)。
 よって、相殺適状が基準時前に発生していても、既判力による遮断効が働く余地はない。 


     伊藤479-